配置された小物が語る、エロでセンチでエモくてムーディーなストーリー
【第11回】美女ジャケはかく語りき 1950年代のアメリカを象徴するヴィーナスたち
■前から横から! 使いまわしのお手本のようなジャケット
昨年の暮れ、自宅でレコードをカッティング、つまり1枚のビニール盤に溝を刻んで録音し、1枚のレコードを製作できる機材がクラウドファンディングで資金調達して、製品化されることが決まった。〈Phonocut〉というこの商品は、レコード・プレイヤーを少し大きくしたぐらいの感じで、デザインもなかなか魅力的だ。
たとえばパソコンで作った自作曲などの音源を、レコード盤というアナログに刻んで残せるのだ。どうにもニッチな商品だと思うが、かなりの資金が集まったという。
20万円近くするらしいので、とても買えないが、ほんの少しだけ欲しい気にはなった。自作曲をレコードにしたいねぇ、なんて思って。
だが、何か欠けている。そう、ジャケットが必要な場合、自前でつくるしかないではないか! ま、パソコンでチャチャっと画像ぐらいは作れますが、本格的な撮影は難しい。ましてや美女ジャケとなるとかなりの難易度となる。
モデル撮影会とかに参加しても、凝った思い通りの写真が撮れるわけでもないし、そもそも自分の好き勝手なスタイリング、設定をつくって実現するのは、ほとんど無理。
筆者はファッションの撮影ディレクションはずいぶんやってきた。モデルと衣裳とスタジオ(もしくは良いロケーション)があればなんとかなる。でも、ひと捻りした感じやちょっとしたストーリー性を持たせるには、小物の存在が欠かせない。
この連載で何度も書いているように美女の顔のアップだけ、というのはあまり芸がないのだ。
そこでレコード会社のディレクターやカメラマンは、創意工夫を凝らしてきたしてきた。アルバム・タイトルに合わせたヴィジュアルを考え、必要なモデルと小物を用意した。
たとえばボブ・トンプソンの「ON THE ROCKS」。ここでいう「小物」は言うまでもなくロックなグラス。これはモデル撮影と氷の浮かんだグラス撮影を別々にしたのか、それとも巨大なグラスのセットを作って撮影したのか、かなり判別しがたい。
拡大して仔細に見ると、グラスの気泡とか本物っぽいし、やはりモデルとグラスを別々に撮ってうまく合成したようなのだ。
プロ的なことを書くと、モデル撮影だけで1日はかかる。小物撮影(ブツ撮り)は、人物(モデル)のときとはまったく別の照明をつくらなければならないので、氷入りのグラス撮影だけでもまた1日はかかるのだ。
余談だが、筆者は大学卒業後、コマーシャル・フィルム会社に就職した。ファッションのヒットCFをつくった会社だったが、新入社員の現場はハンバーグやラーメンの撮影現場だった。
ハンバーグ撮影は小学生を何十人も集めて教室を模した場所で撮ったが、撮影というのはすぐに開始できるものじゃない。子どもは飽きたり、グズったり、ハメはずしたりするのだ。それをカメラが回り始める瞬間までに、うまく「あやす」のが筆者の担当だった。
いやはやたいへんなことで、撮影帰りの電車で思わず涙が出たものだ。外人モデルでファッション撮影だ! と思って入社した自分は、なぜハンバーグと子どもにてんてこ舞いしているのか! と。
もうひとつ余談重ねで書くと、ラーメンの撮影は湯気、業界用語で言うところの「シズル感」がものすごくたいへん。プロの人がスタジオで作るのだが、何杯も作り直して夜中までかかったのを記憶している。なんかラーメンのためにこれほどの労力って、むなしさを感じたけれどね。結果、3ヶ月でCF会社は辞めた。
「ON THE ROCKS」とイメージが連鎖するのが「WIRED FOR SOUND」。赤バックから女性モデルのポーズまでよく似ている。個人的には裸足ではなくミュールを履いているこっちのほうが好きですが。
溶ける氷に乗る女性というのも、妄想すればけっこう淫靡なものがあるが……だって、溶けていくんだよ!……「WIRED FOR SOUND」のほうは、まん丸のスピーカーが女性の腰の位置に。まるで性器の代償かのように置かれて、これまた考えようによってはとっても性的。
まったくディレクターやカメラマンは何を考えているのか! と詰問したくなるくらいだ。
このアルバムは何を音源にしているのかわからない音が散りばめられた、スペース・エイジ・ミュージックのハシリのような作品で、内容もとても良い。そんな不思議な音を、解体したアンプや回路図で表現しているわけだ。
音楽内容とは無関係のジャケットが制作されたりするのが珍しくないムード・ミュージックの世界では、これはかなりヴィジュアルのディレクションがなされている。ま、スタジオにモデルとアンプとスピーカーを持ち込んで撮っただけなんですが。